ピザは十勝のどんぶりだ!

「パピリカ」でお出ししているピザは、生地に使う小麦粉は十勝産100%。そして載せる具材も、十勝の恵みである豊かな農産物と広大な牧場で育成されたストレスフリーの畜肉です。すべての素材が十勝でまかなえるため、ピザは十勝の「どんぶり」であり、十勝人のソウルフードといえるでしょう。

「気がつけばピザ屋?!」その②

協力隊として赴任した上士幌の景観に魅了される

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「地域おこし協力隊」として上士幌(かみしほろ)に赴任したのは2012年6月。神の恵みか、北海道を訪れるなら最良の時期でもあり、緑が芽吹いて目に優しく、広大な畑の広がる風景にとにかく魅了されました。まさに都会人の憧れる北海道の景色そのもの。牧場の牛を間近で見たのは小学校3年生以来だったから、なんと30数年ぶりの遭遇でした。

 

 今ではよく知られるようになりましたが、「地域おこし協力隊」は、総務省が始めた「若者」の移住促進制度で、都市に住む「若い力」を地方の再生に生かそうという取り組みです。上士幌町では、私が採用される前に4人、私と同期が4人おり、計8人がそれぞれの部署に配置されていました。とはいえ、当時はまだ採用する役場側も採用される協力隊側も、何をやるべきかという「使命」があいまいで、結果として、配置された部署の業務をこなす「臨時職員」でしかなかったのが実際でした。

 

 ほかのメンバーに比べて「若く」はない私が配属されたのは「企画財政課」でしたが、役場経験など皆無のため、何をやる部署かもわからず。そのため、町長との最初の面談で何をしたいかと聞かれても、「まずはこの町を知ることから始めたい」と言うしかなく、事実それからしばらくは町中を走り回っていました。

 

 上士幌町は南北に長い町で、面積は東京23区の合計よりもひと回りも広いことに驚き。その広大な面積のほぼ70%が森林で、かつては林業で栄えた町でした。市街から北に車を走らせれば、周囲は森また森で、ぬかびら源泉郷という温泉街を抜けると山間に幌加(ほろか)や三股(みつまた)など、かつての森林伐採の拠点跡がありました。往時は木材輸送のために敷設された旧JR士幌線が帯広から十勝三股まで延びていましたが、昭和62年に廃線。しかし、その路線跡に架かっていた60以上にも及ぶコンクリートアーチ橋梁群は「北海道遺産」に指定され、いまでは町の最大の観光名所になっています。

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 赴任当時は、役場を抜け出しては、この廃線跡をたどり、町の最北端の三国峠までのドライブ旅行に出かけたものです。そして地元の古老や旅館・温泉関係者に話を聞きながら、こんな面白い人がいると聞けばすぐに会いに行きました。何より「役場から来た」といえばだれでも話を聞いてくれたのは、まさに「役場」の恩恵でしたね。

 

 町の経済は林業から農業に移り、酪農と畑作が主要産業になっていました。ならば、町おこしのテーマは「食と農」しかない。しかし、食料自給率が1100%という十勝だからこそか、逆にほとんどの農産物は消費地に流れてしまい、地元ではほとんど流通していない。「地産地消」が叫ばれていながらのこんな矛盾。そこで目を付けたのが野菜の産直市場でした。

 

 上士幌町には、10数年前に農家のおばあちゃんたちが始めた「かあちゃん、ばーちゃんの野菜市」があります。早速、話を聞きに行くと、「いまさら役場の人間が何をしに来たんじゃ」とえらい剣幕!? おばあちゃんたちの一喝にたじろいだものの、要は助ける気があるなら、自分たちが元気なうちに来てほしかったと、というのが本心だったようです。

 

 すでに齢70を超え、このまま続けていけるかどうかが心配だというので、ちょうど野菜市の目の前にできるパン屋の出店に合わせ、野菜市の移転・拡張を計画しました。結果として移転計画はパーになりましたが、この時、協力者を探して町内の農家を駆けずり回ったことが、のちのち役に立つことになるのです。